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太陽と海の恵み~女性の鍼灸院院長ブログ

東京の大森にある こころとからだの女性専門鍼灸(しんきゅう)院「はりきゅう しぜんの恵み」女性針灸師の日々

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今は、
迷っていいのだと思います。

悲しんでいいのだと思います。

つまらなくていいのだと思います。


そんな事より、
今すぐその重っ苦しい状況を変えたいからと言って、
無理くりいい気分に持っていくとか、
逆に責めたり、
周りに羨ましがられたり同情されるような事をして、
その時の自分を鈍感にして誤魔化すほうが、
虚しく寂しいものなんだと思います。


なぜに自分は今、
世間一般的にネガティブ・センチメンタルと言われる状況なのか、
自分の中を探る行動をするほうがかっこいい意識なのだと思います。


今の心情が、
一般的に勝手に人間が「BAD」と定義つけ、
すり込んだ心情なだけで、
本当にそれが自分にとって「BAD」なのかはわからないものです。


それらは今後自分が本当に求めるものをつかんでいくために、
ジャンプの活力剤となる必要なものでもあると思います。




世界の哀しみが、
みんなのアイを掘り起こして、
世界を変えるエネルギーになりますように。


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14歳の思春期真っ只中の時は、
義務教育なんてくそ食らえだと思っていた。

四角い箱に押し込められるような思いでいっぱいだった。

生徒は自分の身を守るために友達を売った。

先生は事なかれ主義で何も見ていなかった。

こんな風に自分が染まってしまくらいだったら、
学校なんて行かなくても勉強は自分でできると思った。

なにせ「義務教育」だから、
どうにかごまかしで卒業させてくれるだろうと策を練った。



こんな中学生活だったから、
高校は全部自分で決められるような、「自由」でありたかった。

そんな時、
幼馴染で他校に通っている友達から春休みだけのホームステイのお誘いがあった。

彼女も私も英語にとても興味があったので、
親に相談もせずに即座に返事。

資金はバイトで貯めたお金に少し足してもらった。

これなら、
誰にも文句も嫌みも言われないだろうと思った。



初めての海外は私の固定概念をバリバリと割ってくれた。

私の中にA、B、Cの部屋があったら、
その壁を取っ払って、
一つの大きな部屋になったような感覚だった。

だけど初めて島国を出たのだから、
ショックな事も17歳の女の子の胸に響いた。

私が行ったのはロスだったが、
まず基本的にアジア人と言うだけで人種差別があった。

そんな事は黒人と白人だけの問題だと思っていた。

ホームステイ先の11歳の男の子でさえ、
日本て国はなんてdifficultな国なんだと言った。

私もアメリカ人てなんて適当なんだ、仕事しない国なんだと思った。

でもその適当さが逆に私に開放感を与えてくれたのかもしれない。

日本人は世間体を気にして、
人生の在り方をマニュアル化しているような狭苦しさも感じていた。

そして、
ホストファミリーと車に乗っている時、
暴走車が近くにいるという情報がラジオから入って、
その車が過ぎるまで待機したりもした。

ホストファミリーがあまりも私の面倒を見てくれないので、
家にいるのが苦痛になり、
こっそりと家を抜け出して、
現地で仲良くなったブラジル系アメリカ人と日本人の男の子とで映画を観に行った。

夜のロスはとても怖かった。

その二人から離れてしまうとすぐに誰かに手を引っ張られて連れて行かれそうになった。

パトカーも当たり前のように何台も止まっていた。

日本という国は治安がいいという事を初めて知った。

事なきで帰宅しましたが、
それがきっかけでホームステイ会社の人達に問題がバレて、
ホストファミリーの人達も私に熱心に世話を焼くようになったのです(笑)



帰りの飛行機の中、
私は行ってよかったと心から思っていた。

世界がこんなにも広いこと、
私の意識の中もこんなに自由だったこともちゃんと気づいていなかった。

それと同時に、自分と自分の国に自尊心が芽生えていた。

私は日本人でよかったと初めて感じたのです。

そして、
日本のお母さんのすごさを痛感しました。

だって、
向こうのお母さんは家事をしているところなんて見なかったんだもん(笑)


ロスでは、
自分の人生は自分で自由に決めるという代わりに、
責任も自分にあるという体験をさせてくれました。

それは今後も私の中で在り続けたらなと。


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誰かがどーこーしないから駄目だとか、
こーじゃないといけないとか、
だから日本は駄目なんだとか・・・

とか言う話はよく耳にするし、
きっと私もそう思う事があるでしょう。

この時私はとても恐れている瞬間なのだと思います。

自分の深部を置いてけぼりにして、
自分の周りに比重が大きくなってしまうとそうなるのだと思います。

今現在の常識とか、
人々の固定概念は形を変えながら存在しているのだろうけど、
一体、
どれが正しいのか、
それはわからないものであるという事。

どんな絵を描いたって、
判定は人や時代によって変わってしまう。


そんな事より、
自分を在り続ける事のほうが、
もっと重要で興味深いものではないだろうか?

「ありのままでいいんだよ」とか、
「頑張り過ぎないでもっと自然体に」とか、
最近はふわっとした言葉でよく言われているけど、

容易なほう(欲望側)に流れやすい人間としては、
とても難しさを感じます。

それらに引っ張られない、
何か重石(覚悟)が必要なのかもしれません。

自分を維持していくと言う事は。



ギラギラしている大都会でも、
殺風景な焼け野原でも、
ただひたすらに自分を続ける。


月が、
広く深く真っ暗な海の底でポツンとやさしい光を保ち続けていた。



月をみているとよくそう思う。


写真


朝起きて、
一瞬だけ、
自分を忘れる時間があります。

自分の置かれている立場も性別も年齢も名前も、
今の日本の状況からも解き放たれて、
何者でもない自分を感じている瞬間があります。

ただここに生命があるだけで、
全ての事において自由なのです。

そんな時は子供のころの感覚に包まれているのです。

手足はジンジンして、
頭は清々しくて、
皮膚は柔らかい光のベールで守られています。


子供のころは一人で遊んでいた記憶が沢山あります。

正確に言うと、
人間が一人です。

その他は自然だったり、
見えないものだったり・・・。

今思えば、
とても可笑しな事かもしれませんが、
子供にとってそれは当たり前な事なのでしょう。

危険なところでは、
近くの古木に顔が浮き出して、
『ここは危険だから近寄るんじゃない』と、
しゃべりかけてきたり(怖かった・・・)、

ちょっと高い所に登る時は、
「どうか、わたしをまもってください」とお願いすれば、
背中に光が集まってきて支えてくれたり、

夕方になれば、
ザワザワと少し威圧感のある風が吹いて竹林が揺らぎ、
『もうすぐ夜になるから帰りなさい』と、
教えてくれた。


そこで心に残る事を教わりました。

自然の中に人間があるのだから、
自然の理に反することはいつか壊れてしまうのだよ。

という事を・・・。


だから嘘をついて大きく良く見せたり、
自分は良くて他人に困難を押し付ける事が続いていると、
いつかは破綻を迎えるという事にもつながるのです。


私たちは、
ただここ(地球)に住まわせてもらっている。

そんな事を感じていた幼少期でした。


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(iPhoneでぬりえ♪)


全てがすんなりとこなせて、
なにもかもがうまくいって、
どんな出来事も自分にさらっと溶けて、
常にふんわりと生きていければいいのですが、
大抵の人はそうではありませんよね。


いいや、私はそうだと言っている人の99.9%は、
きっと何も見たくない妄想メガネをかけているのだと思います。


何か問題にドンっとぶつかれば、
その壁は少しへこみ、
初めて自分の影を見ることが出来ます。

暗いニュースを知って辛い気持ちになれば、
その感情のラインは自分の輪郭の一部を知らせてくれるのです。


そうやって様々な困難に出会いながら、
自分の形を確認していくことができるのです。

もちろん困難だけではなく、
胸が躍りだしそうな事や生き甲斐も含まれます。

ですが、
困難や問題と認識するもののほうが、
自らがはっきりと写し出されるような気もします。


問題に対して、
自分のひっかかりを確認し、
自分を知り、
少しずつでも変わっていければ、
その壁は薄くなり、
やがて消え、
空間は広がり、
自分は以前よりも少し自由を感じ出します。


空間が広がり出せば、
あなたはもっと自由に大きく動く事が出来、
会いたい人に会え、
行きたい所に行け、
自分がほんとうに求めている世界に少しずつ近づいていきます。


あなたの空間が自由で、
居心地がよいならば、
様々な問題に立ち向かっていく勇気もわいていくし、
どんな人とどんな所で会っても楽しめると思います。

そして、何しろ、
自分に還る事がとても癒しになります。



震災が起きた今、
原発問題も抱える事となり、
本気で目を背けたくなる現実がここにあります。

ですが、
自らがこの問題の真実を問い、
見つめ、
身近な人と語り合っていく事が大切だと思い始めてます。


無視はできません。


それは自分自身を放置し、
一人の人生どころか、
地球全体の混乱を招く事となるからです。


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しぜんの恵み

Author:しぜんの恵み
はりきゅう しぜんの恵み
院長 須藤恵理子です。

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